
欧州委員会は4日、欧州の製造基盤強化を目的とする新産業政策「インダストリアル・アクセラレーター法(Industrial Accelerator Act)」を公表した。自動車など戦略産業で域内生産を促す制度を整備し、欧州のサプライチェーンを強化する狙いだ。欧州自動車部品工業会(CLEPA)は法案をおおむね歓迎しつつ、域外企業による制度の迂回を防ぐための厳格な運用を求めている。
欧州車を定義
欧州委が公表した同法案は、EU域内の産業基盤を強化する政策パッケージの一環で、自動車産業では「欧州車」の定義を初めて制度化する点が柱となる。提案では①車両のEU域内組立、②自動車生産における域内調達比率70%、③重要部品の域内調達50%(公布後3年以内)という三段階の基準を設ける。
欧州産業政策の転換点
今回の法案の背景には、欧州製造業の競争力低下への危機感がある。EUでは近年、電動化の進展に伴う電池・半導体など戦略部材の域外依存、中国系EVメーカーの欧州市場参入、さらに米国のインフレ削減法(IRA)による投資誘導など、産業政策を巡る国際競争が激化している。
欧州はこれまで自由貿易を重視する政策を採ってきたが、コロナ禍による供給網の混乱やロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー危機を契機に、重要産業の域内生産を確保する「戦略的自律」の必要性が強く意識されるようになった。EUはすでに半導体産業を支援する「欧州チップ法」や、重要鉱物の確保を目的とする「重要原材料法」などを打ち出している。今回のインダストリアル・アクセラレーター法は、これらに続く製造業支援策で、とくに自動車やクリーンテックなど雇用規模の大きい産業の競争力維持を狙った制度と位置付けられている。
欧州委は、域内調達比率の基準を設けることで、サプライチェーンの欧州回帰を促し、域内投資と雇用を維持する効果を期待する。
サプライヤー業界は歓迎も課題指摘
これに対しCLEPAのベンジャミン・クリーガー事務総長は声明で「自動車サプライチェーンにとって重要な転機だ」と評価した。そのうえで「域内調達比率や重要部品の基準設定は、不公正競争に直面するサプライヤーの懸念に応えるものだ」としつつ、信頼できる貿易相手国の定義や輸入品の扱いを慎重に設計する必要があると指摘した。制度に抜け道が残れば、欧州での生産誘導という政策目的が損なわれる恐れがあるという。
部品メーカーにとって、今回の法案は投資判断に直結する。欧州の自動車サプライヤーは電動化やソフトウェア化への投資負担が急増しており、政策の方向性が不透明なままでは新規設備投資を躊躇する企業も多い。CLEPAは欧州議会とEU理事会に対し、早期の法制化と明確な運用基準の策定を求めている。
また同団体は、EUの支援策の適用範囲についても懸念を示した。公共調達のみに限定した場合、政策効果が大きく損なわれる可能性があるとして、広範な新車市場にインセンティブを適用すべきだと主張する。さらに公共調達や補助金、排出規制における「スーパー・クレジット」制度などで車両定義が分断されれば、企業の事業計画が立てにくくなるとして、統一的な基準の確立を求めた。
EUでは電動化政策や原材料戦略など、産業政策と通商政策を組み合わせた「戦略的自律」の議論が強まっている。今回の法案もその流れに位置付けられ、欧州自動車産業の競争力維持とサプライチェーン再構築をめざす試みといえる。もっとも、域内調達要件の強化は貿易摩擦の火種にもなり得る。EUが掲げる産業保護と国際貿易ルールの整合性をどう確保するかが、今後の立法プロセスの焦点となりそうだ。(2026年3月5日)