全米自動車労組(UAW)によるストライキ期限が22日正午(現地時間、日本時間=23日午前1時)に迫っている。このリポートを書いている途中で交渉が進むかもしれないが、現地の動きを見る限りこの期限までの合意は見込めずストライキは長引く、との見通しが大勢を占めている。当初、過去4年間とはいえ40%以上の賃上げ要求は、日本からみると高額すぎてリアリティがないニュースだった。しかも、フォードのように残業を分含めると年間1万ドルもの昇給が提案されたにもかかわらず、UAWはこれに応じなかった。そこまで、UAW側が高いハードルを掲げ続ける理由はどこにあるのか? 今回の賃上げ交渉の経緯をひも解きながら全米での賃上げ交渉の行方を占う。
労働格差の是正を求めるUAW
今回の交渉で、UAWの要求ポイントは主に2つ。賃上げと福利厚生の拡充だ。労組としては真正面からの取り組みといえるものだ。しかし、その内容は私たち日本人からすれば想像さえもできないレベルのものだ。その起点となるのが2019年の4年契約にある。そして、そこには米国の自動車労働界ならではの実情があるというのだ。
米国の自動車メーカーの労働待遇はさまざまな階層に分かれ異なる。それは、車両の組み立て工場と部品の組み立て工場という職場の違いはもとより、同じ職場でも年功序列、職務内容、責任の度合いによって給与体系が異なるものだった。同時に、それは福利厚生面でも「格差」を生んでいる。こうした状況に、UAWは「同一労働同一賃金」を方針に掲げ取り組んできた。
2007年を境に、それ以前とそれ以後に雇用された労働者の賃金と福利厚生は、例えば以後の労働者の初任給は現職の約半分、医療給付金や年金、退職医療保険の受給資格もない、などだ。つまり、UAWは組合員のなかで2つの階層を認めたこととなり、その歪の解消こそが今交渉の最大の目的となっている。
COLAの復活こそ本命?
実際、メーカー側は今年、8年間の昇給を半分に削減する一方で、職種による賃金格差の一部解消をUAW側に提案した。一方、UAW側はこれまでの賃金体系を根本的に見直し、臨時労働者を含めた同一の賃金体系づくりを求めた。フォードはこの求めに応える動きを示したが、他への広がりは見られていない。
賃上げへの意欲は、まさに米国での驚異的なインフレにある。これこそがUAWを頑なまでに賃上げ交渉に取り組ませる最大の理由だ。かつて、UAWはインフレに伴う昇給をメーカー側と約束していた。1940年代に制定した「COLA(生活費手当)」と呼ばれる規定だ。業績連動の一時金で応えたいメーカー側の意向を受けて2009年にCOLAは破棄される。UAWは、これまでのインフレで組合員の購買力が3割以上低下した、と主張している。だからこそ、今回は「COLA(生活費手当)」の取り戻し、にふさわしい賃上げが不可欠だとUAW側は考えている。40%以上の賃上げを当初要求し、今もまだ30%台の賃上げにこだわるのはそのためだ。
”スタンド・アップ”は拡大する
UAWのショーン・フェイン会長は22日の期限を前に、一部工場での部分的ストライキを加盟する全工場に拡大する可能性を示唆し、メーカー側をけん制している。UAW側の要求に歩み寄らなければ、「さらなる多くの組合員が立ち上がり、ストライキに参加する」と話し、一歩も引かない姿勢を強調している。
しかし、UAW側の要求を飲めば、メーカー側は途方もないコスト髙を招く。一部報道によると、UAWの要求を通せば800億ドル、日本円で12兆円近く人件費を押し上げるという。政府支援があるとはいうものの、電動化への積極投資でコスト負担が重くのしかかる自動車メーカーにとって、さらなる人件費の増加は是がひとも避けたいのは確かだ。と同時に、人件費増は大半がその対象が米国市場向け車両生産に限られるとはいえ他社、例えばUAWに加盟していないテスラなどとの競争力に影響がでるのは必至だ。現地に多くの生産拠点を持つ、日本車メーカーなど海外メーカーも米政府のインフレ削減法で米国生産の負担が増す中、デトロイト3とUAWの今交渉は世界の自動車ビジネスを新たな局面に立たせそうだ。(モビタイムズ編集室)