• 2024-05-18

《解説報道》ベトナムEVメーカー「ヴィンファスト」の現在地

創業からわずか5年。ベトナムのEVメーカー「ヴィンファスト」が異例の注目を集めている。今年8月に米証券市場(ナスダック)に上場し、株価の急騰で時価総額はVWやGMをもしのぐ1600億ドル(23兆円)をつけ、ベトナム株という珍しさも加わってニュースは世界中を駆け巡った。今では株価も12ドル台(9月末)へと落ち着きを取り戻し、時価総額は最高値に比べ実に5分の1以下となる4.3兆円レベルにまで下落した。そんな株式市場での話題が先行する同社だが、アクセルをべた踏みしているかのような急速な事業拡大の方こそ目が離せないトピックだ。BEV化時代を迎え群雄割拠の自動車業界にあって、新興EVメーカー・ヴィンファストの現在地を追う。

売上は倍々で伸びているが…

9月21日、ヴィンファストは米ナスダック上場後初となる第2・四半期(Q2)決算を発表した。それによると、売上高は前年同期比131.2%増の3億3400万ドル(493億3000万円)と大きく増えたものの、営業利益は3億8700万ドル(571億円)台の赤字だった。前年同期に比べれば改善しているとはいえ、純損失は第1・四半期(Q1)よりも11.2%増え5億2670万ドル(777億6700万円)に達した。決算発表後、ヴィンファストのレ・ティ・トゥ・トゥイCEOはアナリストとの電話会見で「2年以内に黒字転換できる」と業績改善への自信をみせたといわれているが、そのためのシナリオはまだ見えてこない。

ヴィンファストのレ・ティ・トゥ・トゥイCEO

ヴィンファストの歩みを振り返ろう。創業は2017年。その翌年にはベトナムらしく電動スクーターを発売しモビリティ市場に参入した。ベトナムを代表する企業グループ、ヴィングループの次代を担う事業として鳴り物入りのスタートを切ったわけだ。だから、その後の事業展開も驚異のスピードで拡大し続けている。2020年、四輪車事業に乗り出し内燃エンジン車(ICE)の生産を開始したかと思えば、翌2021年には早くもBEVのラインオフにこぎつけている。別グラフのように、事業分野を広げるだけでなく次から次へと商品モデルを増やしている。電動スクーターは今や9モデルとなり、バスを含むBEVは2021年の2モデルから2023年には6モデルとなる予定だ。今年Q2の研究開発費は前年同期比半減したというものの、その額15億1800万ドル(2250億円)という水準は新興メーカーの規模では考えられない破格ぶりが、これだけの商品づくりにつながっているのだろう。

北米や欧州14カ国に輸出、販売している

一方、売る力でもドライブをかけている。その矛先は海外。まだまだ先進国に及ばないベトナムの自動車購買力、そして何よりもBEVを売ろうというのであれば十分ではないベトナム国内の充電インフラを考えれば、国内市場よりも海外市場に売り先をつくろうとする取り組みは理にかなっている。実際、BEV生産のスタートから1年余りの2022年11月には北米市場向けの船積みを始めた。そして、今年3月には第2便の輸出も手掛け、今では米国をはじめドイツとカナダ、フランス、オランダの5カ国に拠点を設け、欧州を中心に計14カ国で販売している。

写真はプレミアム・コンパクトSUV「VF8」。ベトナムでは2022年秋に発売し、今年に入って欧米でも売り出した。

ビンファストは「ターゲット市場は米国とカナダ、欧州、そしてベトナム」と説明する。同時に、明解な商品戦略を用意している。同社のラインナップはこうだ。 小型のAセグメントの乗用車「V5」はベトナム国内市場向けとし今夏から発売した。Bセグメントの「V6」、Cセグメントの「V7」はそれぞれ年内、2024年に発売する予定で、欧米での販売を予定している。一方、SUVの「VF8」はベトナム国内での発売後北米での販売も始めた。フルサイズSUVの「VF9」はベトナムで先行発売した。来年にはコンパクトなSUV「VF3」も投入する予定だ。

こうした商品は、航続距離など性能面で先行ブランドに十分対抗できるうえ、価格は471㎞が航続距離でDセグメントSUVの「VF8」で4万6000ドル(約680万円)はライバル車に比べてかなり安くその買い得感はアピールできる。

2022年3月、ノースカロライナ州政府と覚書に調印。ノースカロライナ州のロイ・クーパー知事は雇用と環境での貢献に歓迎の意を示した。

ノースカロライナに現地工場を建設

今年7月、ヴィンファストは米ノースカロライナ州に1800エーカー(7.3平方キロメートル)、実に東京ドーム155個分の敷地を取得しEV工場の建設も始めた。その投資額は初期だけで最大20億ドル(約3000億円)を投資し、数千人の雇用を創出する意向だ。敷地にはBEV生産、EV用バッテリーの生産などを行う総合工場とする計画だ。2024年7月には生産を開始する予定で、将来的には年間15万台の生産能力を持つ工場とする考えだ。

同社は今年、電動スクーターを含めて5万台近い販売を見込んでいる。このうちBEVは今年のQ1で1780台、Q2で9535台を販売したとはいえ、まだ量販メーカーといえるにはほど遠い水準だ。同社は地域別のセグメント情報を公表しておらず詳細は分からないが、四輪車の2022年実績で年間50万台規模のベトナムで量の拡大を図るつもりはないだろう。ヴィンファストの本命市場は海外だ。同時に、北米や欧州ではDセグメントで4万ドル台の価格帯は、日本車メーカーを含め激戦マーケットだ。

同じく海外市場を向く中国車メーカーが、欧米などでの反発をまるで避けるかのように中東やアフリカにシフトしているなかで、ヴィンファストは欧米という先進国市場で真正面から勝負に挑んでいる。対中国という点で、米国も欧州もベトナム企業を歓迎するムードもヴィンファストにとっては追い風といえそうだ。しかし、販売台数を数十万台規模に押し上げることができるかは簡単ではないのは衆目の一致するところだ。上場時には37ドルだったヴィンファスト株価だが、今の12ドル台はその実力相応かもしれない。(モビタイムズ編集室)