
「One Geely」掲げ、技術・ブランド・エコシステムを再統合
中国民営自動車大手の吉利ホールディンググループの存在感が一段と増している。中国車メーカーとしては異質ともいえるグローバル戦略が、中国車メーカーのイメージを塗り替えている。その吉利が今年1月に発表した2030年戦略が注目を集めている。単なる中期経営計画ではなく、中国EV(電気自動車)市場の競争激化と世界自動車産業の構造転換を背景に、「規模拡大型メーカー」から「グローバル・モビリティ技術企業」への転換を鮮明に打ち出したものといえるからだ。
吉利は2030年までに、世界販売650万台超、売上高1兆元(約21兆円)、NEV(新エネルギー車)比率75%以上を掲げた。中国国外販売を全体の3分の1超に高め、世界販売トップ5入りもめざすという。

現在、吉利の実像は単独ブランド企業というより、多層的なブランド連合体に近い。中国国内では「Geely」「Galaxy」「Lynk & Co」「Zeekr」を展開し、海外ではボルボ・カーズ、ポールスターそしてロータス・カーズなどを傘下に持つ。さらにルノー・グループとの協業も進めている。今回の戦略は、これらを「One Geely」の下で再統合し、技術・調達・市場展開を横断的に連携させる点が特長といえる。
中国EV市場、「量」から「生存競争」の局面へ
吉利の戦略を理解する上で重要なのは、中国EV市場を巡る急速な環境変化だ。中国ではBYDが圧倒的な価格競争力を背景に市場支配力を強める一方、新興EVメーカーは淘汰局面に入りつつある。加えて、欧州・米国では中国製EVへの警戒感が高まり、関税や現地調達要求が強化されている。
こうした中、吉利は「単純なEV販売競争」から一歩踏み込み、ソフトウエア、AI、電池、エネルギー、モビリティサービスを統合した“総合生態系企業”への転換を急ぐ。実際、同社は2025年に販売411万6,000台、前年比26%増を達成し、NEV販売は229万3,000台と58%増加した。NEV比率は56%に達し、世界販売順位では7位に浮上した。
ただ、中国国内では価格競争の激化による利益圧迫が続く。販売規模だけでなく、ソフトウエア収益やサービス収益をどう積み上げるかが、次の競争軸になっている。
「Volvo×Geely」の安全技術連携を強化
今回の戦略で注目されるのが、安全技術を軸にしたブランド連携だ。吉利は「ボルボ・カーズと吉利汽車による世界級の安全デュアルポール」を構築すると明記した。従来、中国メーカーは「価格は安いが安全性は欧州勢に劣る」とみられることも多かった。しかし、ボルボブランドを傘下に収めた吉利は、欧州型安全思想をグループ全体へ取り込んできた。
近年は電池安全でも積極姿勢を示しており、「Shendun Golden Battery(シェンドン・ゴールデン・バッテリー)」を業界基準に育成するとともに、半固体・全固体電池の実用化も進める方針を示した。これは、中国メーカーが単なる「低価格EVメーカー」ではなく、技術品質でも世界基準を狙う段階に入ったことを示している。
吉利が狙う「AI自動車企業」

戦略全体を通じ、最も色濃いのはAI(人工知能)シフトだ。吉利は知能化領域として、「自動運転」「AIOS車載OS」「AGI(汎用人工知能)」「Agent技術」「E/Eアーキテクチャ」「スマートコックピット」を重点分野に位置づけた。とくに自動運転では、「G-Pilot」を世界最先端プラットフォームへ育成するとし、L2普及からL3、L4商用化、Robotaxi運営まで視野に入れる。
これは、単に「EVを売る企業」ではなく、Tesla型のソフトウエア企業モデルを志向していることを意味する。もっとも、中国勢のAI戦略にはリスクもある。高性能半導体の供給制約や米中対立による技術分断、欧州でのデータ規制などが今後の成長制約になる可能性がある。
「空・陸・宇宙」へ広がるモビリティ戦略
吉利の特徴は、自動車単体ではなく“移動全体”を事業領域としている点にある。同社は、配車サービスの「Cao Cao Mobility」、空飛ぶクルマ「Aerofugia」、衛星通信「Geespace」などを含む「空・陸・宇宙統合型モビリティ」を構築するとした。2030年までに、中国主要都市で空地一体型サービス基盤を整備し、10万台規模のロボタクシー展開もめざしている。これは、中国自動車メーカーが単なる製造業から、インフラ・通信・データ産業へと事業領域を広げていることを示している。
メタノール戦略は「吉利らしさ」
一方、他社との差別化として興味深いのが、メタノール・水素戦略だ。EV一本化を進める企業が多い中、吉利はメタノール燃料を「もう一つの脱炭素ルート」として継続強化する。既に5万台超のメタノール車を運用し、累計走行距離は230億km超。関連特許も400件以上保有する。
中国では石炭由来メタノールの供給基盤があるほか、物流・鉱山・建機など大型商用分野で電動化が難しい領域も残る。吉利はこうした現実解を狙っているとみられる。
「世界の吉利」への試金石に
吉利の2030年戦略は、中国自動車メーカーが次の段階へ入ったことを象徴する内容だ。かつての中国勢は、欧州や日本メーカーの技術を追う立場だった。しかし現在は、「AI」「ソフトウエア定義車両(SDV)」「モビリティサービス」「電池」「エネルギーインフラ」を統合した産業モデルそのものを再設計しようとしている。
一方、欧米市場では中国勢への警戒感が強まり、地政学リスクも高まる。吉利が掲げる「高品質グローバル化」が実現できるかは、単なる販売台数以上に、各地域でブランド信頼を獲得できるかにかかっている。今回の戦略は、中国自動車産業が「輸出台数の拡大」から、「世界産業秩序への参入」を狙う段階に入ったことを示す象徴的な動きといえそうだ。(2026年5月19日)